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「私はフェルメール―20世紀最大の贋作事件―」

2007-12-14

今年は、海外美術館所蔵の数々の浮世絵肉筆画の里帰り展覧会が多く開催されました。が、何といっても国立新美術館で開催中の「フェルメール《牛乳を注ぐ女》とオランダ風俗画展」(~12月17日まで)の反響により、フェルメール作品『牛乳を注ぐ女』は、度々マスコミにも取り上げられ、絵画の中では注目度ナンバーワンだったのではないでしょうか。ますます日本中にフェルメールファンを増やしたように思います。

このブログでもフェルメールについて一度取り上げました。今年の秋には「私はフェルメール―20世紀最大の贋作事件―」(フランク・ウイン著)が翻訳され、日本でも出版されました。このノンフィクション作品は、美術界に関係する者として大変興味深く考えさせられた著書です。

贋作の制作者=ハン・ファン・メーヘレン(1889-1947)は、自身の作品を批評家に中傷され、作品を受け入れてもらえない悔しさと怒りから自分を欺き、自分を厳しく批判した批評家や美術史家達に一泡吹かせようと贋作を制作するといった犯罪に手を染めていきます。

彼は、17世紀絵画について造詣が深く、また研究もしていました。そうして、フェルメール作品をそのまま模写するのではなく、フェルメールの作風を模写するところに重点を置いて贋作します。 17世紀のキャンパスを使用し、当時の絵の具を自分で作り、習得した技法の全てを使い、キャンパスのひび割れや時代の古さを出すなど細部に至るまで緻密に再現し、化学反応やX線をもクリアできる完璧なまでの贋作を制作しました。 ファン・メーヘレンが贋作した最高傑作と言われる『エマオの食事』という作品は、フェルメール作品として国立の美術館に展示されました。この作品はその当時のフェルメール研究家の大御所にフェルメール作品と認められたもので、その腕前はお見事としか言いようがなく、題材に宗教画を選択して、フェルメールの空白の制作期間の一時期を埋める作品として大注目されたそうです。

しかし、この『エマオの食事』以降に制作された贋作は、(見破られないことを証明できたため)だんだんと手を抜いたお粗末な作品になっていきます。結局、第2次世界大戦後、オランダの至宝「フェルメール作品」を敵国ナチスドイツに売り渡したという罪で、ファン・メーヘレンは起訴されます。彼は、免罪のためにそのフェルメール作品は自分が贋作した作品だと暴露しますが、鑑定を行った専門家や贋作を絶賛した批評家達は信じようとしません。そこで、彼らはファン・メーヘレンに法廷で実際に絵を描かせ、贋作能力があることを認める結果となります。フェルメールの真作と専門家に言わしめる程の技量の持ち主のファン・メーヘレンは、「天才」と呼ばれる人物になり得る可能性もあったのです。

ファン・メーヘレンの贋作制作は、芸術を愛する人々への冒涜行為ではありますが、ファン・メーヘレン自身も芸術を愛する一人であったことには違いありません。彼は、「絵を描き続けたい一心で描いたまでで、見つけた技法をとことん使いたかっただけです。」と言っています。しかし、彼の歪んだ性格により贋作と言う手段を用いたことで、自ら評価を下げる結果となり、美術界を揺るがしてしまいました。また、彼の狙い通り、美術界の風潮や体質を世間に知らしめることにはなりました。

贋作事件は現代でも繰り返されており、フェルメール作品の中でも未だに真贋を議論している作品もあると聞きます。美術作品の真筆性を判断するとはどのようなことなのか思い知らされた本書でした。真実と美への探究心を強く持つ者の一人として、シャンと背筋が伸びるような思いがします。

追伸:ところで、ファン・メーヘレンの贋作はどうなったと思いますか?破損されずに、オランダの国立美術館や個人コレクターが所蔵しているそうです。

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ハン・ファン・メーヘレン 『エマオの食事』