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博多祇園山笠「六番山笠 大黒流」

2010-07-23

福岡へ所用で出かけた先週末は、博多っ子の熱い血が騒ぐと言われる「博多祇園山笠」が終わったばかりの時で、宿泊先ホテルのロビーには博多祇園山笠の舁き山が展示されていました。

この山笠は、7月15日の追い山で実際に櫛田神社入りしコースを走った舁き山の一つ「六番山笠 大黒流」で、表の人形は「武者もん」の第一人者である博多人形師の置鮎正弘さんが製作した「平重盛」。見返りと呼ばれるその裏面には大黒様が飾ってありました。平清盛の子の重盛は人工港、袖港の造営に関わり宋との貿易を活発化させた人物です。重盛が博多の町にもたらした恩恵への謝意を示したのが、六番山笠の始まりとされています。

博多祇園山笠の起源には諸説があり、その中で一般に広く知られているのは聖一国師が仁治2(1241)年、疫病除けのため施餓鬼棚に乗って祈祷水(甘露水)をまいたのが始まりで、これが災厄除去の祇園信仰と結びついて山笠神事として発展したと言われています。そして戦国時代、大陸貿易で栄えた博多は兵火に見舞われ、天正15(1587)年の復興時に「太閤町割り」あるいは「博多町割り」と呼ばれる七つの流(地域)に分かれ、それぞれの流区域内を舁き回ることから舁き山と言われるそうです。

最終日に櫛田神社入りした舁き山は直ぐに取り壊されると聞きますが、今回は偶然にも見ることができてお祭り気分の一端に触れることができました。

1279870309_CIMG9897-1六番山笠 大黒流 平重盛

1279870309_CIMG9901-1六番山笠 大黒流 大黒様