山本美術館 > ブログ > 銅版画家「渡辺千尋」

銅版画家「渡辺千尋」

2010-08-22

昨年の8月に64歳の若さで亡くなった銅版画家「渡辺千尋」(1944~2009年)。彼の一周忌に先立ち「渡辺千尋銅版画 カタログ・レゾネ」が編纂され、渡辺さんが30年間に制作した銅版画121点を収録したカタログが発行されました。

渡辺千尋さんは、小学校から高校までの学生時代を長崎市内で過ごし、その後上京。グラフィックデザインや油絵などを描き、1978年頃から銅版画を制作するようになりました。

彼の銅版画の特徴は、現在の銅版画の主流であるエッチング(腐蝕法)ではなく、ビュラン(エングレーヴィング/直刻法)の世界で輝きを見せています。無数に重なる細い描線で描くのは奇妙に変形した物体で、彼の想像力や構築力を見ることができます。メゾチント(直刻法の一つ)によるカラー作品は、闇のような暗い画面を見つめてその暗さに目が慣れた頃、ようやく描かれた静物が浮かび上がってきます。深い闇の中に表現された個性ある作品は幻想的で柔らかさも感じます。1996年には現・南島原市有家町の依頼で16世紀末のキリシタン銅版画「セビリアの聖母」を復刻されました。最後の作品となった「曼珠沙華」は、放射線状に伸びた夥しい数のビュランによる描線が繊細で、彼のテクニックが存分に発揮されています。

長崎にゆかりのある銅版画家「渡辺千尋」さん。一般的にはあまり知られていないので、彼の功績が忘れられずに歴史に刻まれていくようにとの関係者の方々の熱い思いで出版されたカタログ・レゾネです。作品に残されたメッセージが強ければ強いほど、おのずと足跡はしっかりと残っていくものと思います。

1282461728_img459渡辺千尋「一輪(百合)」 カラーメゾチント

1282461728_img461渡辺千尋「曼珠沙華」 ビュラン(2008年制作)

1282461728_img460渡辺千尋「セリビアの聖母」復刻版 ビュラン (1996年完成)