山本美術館 > ブログ > 美人画について~(6)~

美人画について~(6)~

2008-09-17

6、美しい教科書「往来絵・教訓絵」

江戸時代の一般女性の学問といえば、女性としてのたしなみやマナー等の心得程度の教育が一般的だったそうです。それを教えるために作られたのが「往来絵」と呼ばれる版本類です。また、女性の一生に起こりうる様々な場面をシュミレーションして、その時の心構えや教訓として「教訓絵」と呼ばれるものが作られています。このような「往来絵・教訓絵」には、一流の浮世絵師も筆を取ったものがあり、美しい絵本として眺めて楽しめ、女性に限らず多くの人々に親しまれたようです。

浮世絵師の作品の内、浮世絵初期に質量ともに注目されたのは京の絵師・西川祐信の往来物版本で、絵の内容に合わせた女性の姿を優雅に描き出すスタイルは、その後、江戸の絵師たちも積極的に模倣しました。それから、教訓的な文と女性の風俗画とを合わせた一枚物の教訓絵では鈴木春信の揃物「五常」や、喜多川歌麿の揃物「教訓親の目鑑」などが代表作に挙げられています。

「五常」とは儒教の教えで、人が常に守るべき五つの道徳の仁・義・礼・智・信のことで、鈴木春信の五常シリーズは、この思想をヒントに教訓になる歌を添え、やさしく導いた5枚の揃物です。 『五常 智』は智のイメージに相応しく習字の練習をする少女とそれを教える娘、『五常 仁』は日常生活の中での人への思いやり(仁)を表しています。

1221616102_img592

鈴木春信『五常 智』 ボストン美術館蔵

1221616102_img584

鈴木春信『五常 仁』 山口県立萩美術館・浦上記念館蔵

喜多川歌麿の「教訓親の目鑑」シリーズの全10図は、欠点の多い女性を鋭く評価・分析して、本人ではなく親への教訓に結びつけている新しい視点を持った教訓絵です。その中の『俗二云ぐうたら兵衛』の朝遅くに起き出したばかりの女性は、髪は乱れ、目もはっきりとは見開かれていない様子で、これから歯磨きをするところのようです。『俗二云ばくれん』の、ゆでた蟹を左手に持ち右手にギヤマン(ガラス)製のグラスで酒をあおる姿は、すれっからしを意味する「莫連」にふさわしい有様です。しかし、ダメ娘たちをけなしながらもそれぞれの個性の中に美点を見つけ、どこか愛せる見映えを残してレベルの高い美人画に仕上げているところが美人画家・歌麿の真骨頂です。

1221616102_img585

喜多川歌麿『教訓親の目鑑 俗二云ぐうたら兵衛』 慶応義塾蔵

1221616102_img596

喜多川歌麿『教訓親の目鑑 俗二云ばくれん』 慶応義塾蔵

図柄が面白く見るだけでも楽しめる往来絵・教訓絵は、現代ならば書店に数多く並ぶ冠婚葬祭やビジネスなどのマナー本に近いものかもしれません。教訓は生きていくための道しるべになり、それが心の癒しやヒーリングにも繋がっていきます。