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橋口五葉について~(11)~

2008-10-27

五葉が発表した版画作品から数点をご紹介しようと思います。

『化粧の女』と共に五葉を代表する美人画『髪梳ける女』(1920年3月)は、洗い髪に柘植の櫛を通す姿を描いた作品で、この絵のポイントである髪は極めて細微精巧な彫りと巧妙な摺りで髪の毛1本1本に版画ならではの凹凸効果が十分に発揮されています。

濡れた髪のしっとりとした質感や、湯上りの香りまでも巧みに表現し優美な色気を感じさせます。豊かにうねらせた黒髪を束ねる反対色の白い手によって全体が引き絞られ、色彩は最小限に抑えられ、洗練された線描のうまさをみせています。浴衣の女が髪を梳く姿は、五葉のデッサンや画稿にしばしば見受けられるだけに、この題材には格別な思いがあったようです。

髪は、女性美を表現する際の象徴として好まれ、“髪を梳く”“髪を洗う”“髪を整える”といった女性の姿は、江戸時代から多く描かれています。鈴木春信の『風流六哥仙 大伴黒主』や『椿』には、櫛で髪を整える女性を登場させています。また喜多川歌麿にも『髪すき』があり、五葉はすでに喜多川歌麿の研究において第一人者であり、歌麿に傾倒していたことを知っている人からは「大正の歌麿」とまで評されるようになりました。

またヨーロッパ世紀末芸術では、髪は女性の情念の象徴とされ、“憂鬱さ”“物思い”などを表現する際に用いられ数多く登場しています。ラファエル前派のロセッティやバーン・ジョーンズも女性の髪を題材としてエロスをほのめかした美を繰り返し描いており、五葉は学生時代からロセッティに強い関心をもち、モデル選びの条件にも“ロセッティの描いている女のように、のど首や肩の線の美しいモデル”をという注文をつけていたと言われています。『髪梳ける女』は、女・髪・花模様といったアール・ヌーボーのイコノロジーも見ることができますし、ロセッティ作『レイディ・リリス』(1868年、油彩画)の手鏡を見ながらブロンドの髪に櫛を入れるリリスを反転させる構図と類似しています。

『髪梳ける女』は、『化粧の女』と共に1987年4月14日に切手で発行されており、近年、五葉美人画の存在価値を改めて世に知らしめました。

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『髪梳ける女』  1920年3月

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『髪梳ける女』  素描画