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現川焼き

2008-11-20

長崎の陶磁器の歴史は、17世紀初頭に始まる波佐見焼きが平戸の中野窯に起こり、その後三川内へ移った平戸焼き(三川内焼き)、18世紀前半頃の現川焼き、1804年開窯の亀山焼きや長与焼きなどと長崎にも日本を代表する焼物があり、それらは多種多様で個性的なものです。

これらの中で、現川焼きの始まりは元禄4年(1691)で、有田から来た旧諫早藩被官の田中刑部左衛門・宗悦、甚内、重富茂兵衛らが始め1749年まで続きましたが、その後廃窯になり幻の焼物となりました。赤土で作られたきめ細かな薄手の素地に様々な刷毛目技法を駆使し、隅切りや舟形などの大胆な形、そして四季折々の文様を描いた陶器は「西の仁清」と称されました。現川焼きは開窯の際、皿・茶碗・鉢などに限るという条件が佐賀藩から付けられ、残っている作品のほとんどが皿や鉢類に限られていますが、陶器でありながら磁器のように薄く精巧な造りが特徴です。

当館では13代横石臥牛先生の現川焼きを中心とした陶芸作品を展示していることから、先日、長崎市内にある県指定史跡の現川焼きの窯跡(田中宗悦の墓石1基窯観音1基)を訪ねてみました。

諫早方面から国道34号線の矢上交差点手前を右折し、しばらく走ると窯跡の標識があります。それに従って車がぎりぎり進む所まで入り、その後は民家の脇の坂道を登って約100m、山の裾野に窯跡はありました。

現在、この現川地区では2つの窯元が現川焼きを作陶しているとのことで、その内の土龍窯・向井康博さんの工房を訪ねました。向井さんは現川の山で採れる鉄分の多い赤土を素に作陶されており、山土を採取している際、たまに江戸時代の現川焼きが出ることがあるそうです。その中で綺麗な形を保持しているものは資料棚に保管してあり取り出すのが大変だと言われ、数枚の破片を見せて頂きましたが、現川焼の特徴である薄さを改めて実感しました。

向井さんの作品も観せて頂きましたが、江戸時代の現川焼きや臥牛窯と違って、パワフルな刷毛目技法の向井さんの個性がいっぱい溢れた作品の印象を受けました。

現在、約60年で姿を消した現川焼きを再興させた窯元は県内に3ケ所ありますが、県の無形文化財に指定されている窯元・臥牛窯では、全国で唯一伝統を守って作品を作っています。また、現存する現川焼き作品は長崎歴史文化博物館や諫早市郷土館でも常設展示してありますので、いつでも観ることが出来ます。

格調高く優美で繊細な現川焼きは、長崎を代表する陶器といえます。

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現川焼陶窯跡

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窯観音

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刷毛地色絵木葉文輪花鉢 旧つかさコレクション

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片身替打刷毛地藤文隅切四方皿 旧つかさコレクション