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2月の始まり

2022-02-01

今日の仏教老人大学は、新型コロナウイルスのオミクロン株の感染拡大に伴い、やむなく中止となりました。残念なことです。

2月の法語カレンダーは「ふみはずしましたが 気がつけばここも 仏の道でございました。 I took the wrong path but came to realize that this, too, is Amida’s path.」となっています。

一昨日は96歳で亡くなった義母の十七年忌で、時津町の義兄宅にお参りしました。義母の実家 (東彼杵町千綿で米作り農家、現在は他所の人が住んでいる)は田舎でも指折りの信心深い家で、義母の長兄は時たまお坊さんの代理を務めるくらいの方で、義母も経本は見ないでお経をあげていたと義兄と家内が話していました。

約半世紀前に義兄が時津町に居を構えたその20数年後、義母との同居に伴って千綿に祀っていた年期の入った鬼子母神像や二つの日蓮上人の像、他の仏具類も時津の自宅へ移設しました。これらは全て桁違いに大きくて、お経をあげに見えられた菩提寺の副住職(息子)さんも、「個人の家でこんなに大きくて立派なものは置いていない、初めて見ました。お寺でもこんなに大きなものは私の知る限り置いてない。」と教えてくれました。

また今回、義母が82歳の時に達筆な毛筆で巻紙に纏め書き留めていた過去帳的なものを初めて見せてもらいました。そこには購った時代は分かりませんが、鬼子母神像は米18俵、日蓮上人様像は米15俵、と書いてあり、昔の米1俵はカマスの米俵(100斤、60㎏)ですから、納得できるものでした。

義兄は自分たちが亡くなった後は、それぞれ独立して持家に住んでいる子供達にこれらを祀れというのは酷な事と思うから、鬼子母神像は菩提寺に寄進すると言って、お寺との話も進んでいます。

正直なところ、私には少し未練がましい気持ちもありますが、それが一番良い解決法と思っています。