山本美術館 > ブログ > 坂本龍一さんの訃報

坂本龍一さんの訃報

2023-04-07

先日の坂本龍一さんの訃報(2023年3月28日逝去)には、たいへんショックを受けました。

がんの罹患を公表して治療を続けながら音楽活動を続けていることは知っていましたが、71歳の若さでこんなに早く亡くなるとは。

音楽グループ「YMO」(イエロー・マジック・オーケストラ)のメンバーとして大活躍し、映画「ラストエンペラー」の音楽でアカデミー賞を受賞し世界的な音楽家として名声を博し、さらには音楽活動のほか「非戦」で平和メッセージを発信し、そして「非核」と「脱原発」を訴え、また森林保全など社会的な活動にも積極的に取り組み、「芸術は長く、人生は短し」の言葉が好きだったことは広く知られています。

坂本龍一に興味を持ったのは、40年余り前の大学に勤めていた現役時代、当時の理事長が大学創立40周年記念造大祭の目玉として彼を学園祭に招聘し、「坂本龍一講演会」と「坂本龍一+B2UNITSコンサート」が開催された時からでした。

講演会は学内の大講堂(収容定員500名)で「今、坂本龍一とは-音楽における中央と周辺-」をテーマに、現代音楽の作曲家・諸井誠氏と約一時間半の対談。シンセサイザーを駆使したテクノポップのコンサートは対談の翌日に諫早文化会館で行われ、両日とも会場は老若男女、特に若いお嬢さんたちで満員満席の大盛況でした。

理事長がなぜ彼を学園祭に招いたかは、当時高校生だった娘さんに「今の高校生や若い人たちはどんなミュージシャンが来たら喜び驚くだろうか」と尋ねたら、「YMOの坂本龍一あたりが来たら。でも、こんな田舎の大学ではとうてい無理、無理」との返答だったそうです。

その後、理事長は全国的な知名度もあまりなく資金(予算)的にも限られている地方の一私立大学がどうしたら坂本龍一を呼べるかといろいろ作戦を立て、坂本さんの大学院時代の恩師(教授)に仲介の労をお願いして秘かに交渉を始めたそうです。

その頃、彼は映画「戦場のメリークリスマス」出演でラロトンガ島での海外ロケ中、彼が映画の役作りで丸坊主になった姿で帰国してから正式に面会し快諾を得た、との裏事情を後で知りました。

講演会時、彼の送迎担当として長崎空港に出迎えに行って初めて会った坂本さんは、YMO活動時やコンサートのポスター掲載写真の長髪と違って、短髪で感じのいい青年でした。

また、今みたいに何でも ‟ネット注文、翌日配送”の時代ではなかったので、彼が来学する前に長崎市内の書店を回りやっと準備していた本「音を視る、時を聴く」(大森荘蔵+坂本龍一著 朝日出版社発行)に、記念のサインをもらったことがいい思い出として残っています。

坂本龍一さんのご冥福をお祈りいたします。

 

「音を視る、時を聴く」(大森荘蔵+坂本龍一著

朝日出版社発行)

坂本龍一のサイン

「戦場のメリークリスマス」(影の獄にて 映画版

ローレンス・ヴァン・デル・ポスト著 由良君美・富山太佳夫訳 思索社発行)

「シネマファイル 戦場のメリークリスマス」

(講談社発行)