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美人画について~(5)-1~

2008-09-13

1、浮世絵に見る江戸の評判娘 春信と見立絵

鈴木春信の活躍した明和期(1764~72年)の後半には、町の評判娘ブームが起こり、谷中の笠森稲荷境内にあった水茶屋鍵屋の看板娘「笠森お仙」や、浅草寺の銀杏の樹の下で房柳枝などを商う本柳屋の「柳屋お藤」などが浮世絵の主役になりました。

春信は、古典文学や謡曲などの題材を当世風俗で描き出し、その置き換えの機智を楽しむ趣向の「見立絵(やつし絵)」を得意とし、気品と才気が光りユーモア溢れる美人画を豊かに展開しています。

『雨中夜詣』は、風雨の中を歩く可憐な娘・笠森お仙を描いていますが、その内容を読み解くと謡曲『蟻通』の見立絵であると理解されます。また、春信晩年の作『浮世美人寄花』の揃物では、花に例えられるような美しい女性たちを選び、その女性に合致する花の美しさを詠んだ和歌が添えられたシリーズ作品です。そのなかの一つ『笠森の婦人 卯花』を見てみると、お仙自身が卯の花になぞらえてあるため、画中に卯の花は描かれていません。上部の和歌から山里の片隅にひっそりと咲く卯の花が人の目を惹くように、江戸の人々がひなびた鍵屋の茶店を訪れるのも、お仙にそのような美しさがあるからだと読み取ることができます。

当時の知識人や文化人などとも交流のあった春信自身、英知に溢れる人物だったに違いありません。複雑で高度な変容を見せる春信特有の美人画は奥深さがあり、人々の感性に訴えかけています。

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鈴木春信『雨中夜詣』 東京国立博物館

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鈴木春信『浮世美人寄花 笠森の婦人 卯花』 ボストン美術館蔵